小説 20210819
『読み聞かせ』
「ふぅ~っ、暑いなぁ…」
少女は今日も、自宅近くの未開拓エリアをひとりで開拓している。サウサンプトンの港を発ってから早6年、人生の半分を北米植民地のここN・J準州D郡Pフィールドで過ごしてきた彼女にとって、もはやこの開拓途上地は生まれ故郷同然である。
今日も今日とて、役割である自宅から半径0.75マイルの開墾作業に励んでいる。夏の季節にちょうどあり、屋外にいると高温多湿のこの地に不向きな洋服はすぐずぶ濡れになるので、もちろん全裸にボネット一着で、だ。お隣さんとは300ヤードは離れているし、近くをよそ者が通行することもほとんどないので見られる心配はない。今日のように風のある日は肌が焼け汗も吹き出るものの、汗が蒸発していく感触がじつに気持ちが良いのだ。
そもそも少女は物事ついた時からすでに自由奔放にさせてもらえていたため、何も着ていないことは別に気にならない。屋外で服を着ないことにも、他人の家の庭先や草原の真ん中で用を足すことにも、そして父からこの与えられたこの仕事も、すっかり慣れた。
しかし、地表付近ないしは地表の固い岩塊をぶち破る作業は未だに慣れない。例に漏れず、この地域も北米大陸特有のプレーリー土の恩恵を十分に受けられるので、地盤は基本的には決して固くはないのだが、いかんせんところどころに新第三紀の名残である火山岩の塊が、このように散在しているのだ。あまつさえ、半月前にようやく開墾を決意したこの自宅すぐ横の真西のエリアは特にその厄介な岩が多い。
夜明けからまったく休むことなく5時間かけてようやく大小四個の岩を破壊し、五個目の直径3フィート弱の岩と格闘していると、母親が家の中から出て近寄ってきて声をかけた。
「おつかれ。そろそろ水を浴びてお茶にしましょう」
「わぁ!嬉っしい!待ちわびたもんだヮ!暑いしもうくたくただよ…」と嬉しそうに返事をすると、少女は手元の刃毀れ寸前の鋤をその場に置いて、母親の背を追う形で颯爽と自宅へ戻った。
「ねぇ、ティータイムが終わったら…」
勝手口そばの水桶の前で水浴びする少女が言い終わらないうちに、少女のショートボブの髪を拭きながら母親は言った。
「はい、いつもの読み聞かせね。だいぶ読んじゃったけれど、今日は特に頑張っているから3本読んであげるわね」
「やったぁ!」
少女の趣味は随筆や童話の読み聞かせを聴くことだ。娯楽の少ないこの東海岸の田舎で彼女が享受できる、数少ない娯楽だ。もっとも、読み書きは得意ではないので読書はむしろ嫌いなのだが。
形が良くない、安値で仕入れたダージリンの茶葉で淹れた紅茶やスコーンなどで、いつものティータイムが始まる。街に出ている父が持ち帰ってくると言っていたアサリの缶詰の話題で母親と盛り上がっている時、少女は条件反射で身震いした。
(そういえば結構前からずっとおしっこしたかったんだった…。鋤の柄の部分で抑えてたからあんまり気にならなかったけれど、しておけばよかったなぁ~)
だが、母親は特に気にする様子はない。
30分ほどでティータイムがお開きになり、小さなソファーにふたりで移動した。ついに最大の楽しみである読み聞かせが始まった。1話目と2話目はどちらも多分グリム童話であろう、よくわからない怪物や妖怪や魔女が出てくる話で、正直期待していたほど面白くはなかった。
(…っ!…なんかつまんないなぁ…)
無意識的に大きく身震いする少女。読み書きの最中に徐々に少女の身震いの間隔は狭まり、激し目の貧乏揺すりになってきたが、相変わらず母親はおろか少女本人も特に気にする様子はない。
最後のお話は、国が変わり祖国イングランドの昔話だ。大陸のノルマン人相手に惨敗しまくった、失地王とか欠地王とか言われた約700年前の王様が、兵士や手下を見捨ててひとりで森に逃げ込み、食事をしようと入った小屋の住人から冷遇されて面食らうというお話だ。少女の表情が明るくなった。だが、どこか苦しそうでもある。そして、貧乏揺すりと発汗はさらに激しくなる。
最後のお話が終盤に差し掛かった頃、少女は唐突にこうぽつりと、でも軽快に口にした。
「…あ~、もう漏れる。おしっこするね」
すると母親は
「あらあら、お小水の我慢しすぎは危険よ。すぐに出しなさい」
と若干驚きつつも返し、すぐ読み聞かせを再開した。
すると、再開するかしないかのうちに、今にもどうかなりそうな表情にまでなった少女の開いた股間から水滴が、「うん」の二つ返事とともにあふれ出した。
文字通りあっという間にそれは破裂したホースのような勢いになり、黄金水が床一面にぶちまけられ始めた。
シュイィィィィーーーーーーーージョババババババーーーーーーーーービチャビチャジョババババババーーーー…
(おや、これはレモンティかな?)
その現場を目撃した紳士風の飼い猫が、ティーカップ片手に優雅に思いを張り巡らせながら達観している。
少女のダムが決壊している最中も、母親はまるでなにごともないかのように読み聞かせを続けている。少女も平然と聴き入っている。だが、その明るい表情からは次第に苦しみの負の部分が薄れているように見える。
15秒、そして30秒が経過しても、少女の放尿の勢いはまったく衰える気配がない。まんこから噴出した小便は、約2フィート先の床に降りて着実に湖の面積を広げている。
端から見れば決して穏やかではないが静かではある平和な雰囲気の中、東海岸の田舎にひとつの巨大な湖が完成していった。
おしわり